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プロローグ8 2016 石垣島サイケデリック

2015年10月の石垣島では想定外の神秘体験をしましたが、けっきょく目当てであったマジックマッシュルームによる通過儀礼(意識レベル600を通過するという意味で自分でそのように位置付けていました)の方は空振りに終わりました。

 

そこで大阪に戻ってくるなり、次の計画に取り掛かりました。すでにマジックマッシュルームのある場所は確認していましたから、問題は時期でした。情報では12月から3月の上旬くらいまでがシーズンということでしたので、とりあえず次回の石垣島への渡航を翌年2016年の1月としました。実際に訪れたのは、1月10日から13日の4日間です。

 

石垣島でのイニシエーションを思いついて以来、参考にしていたのがグラハム・ハンコックの『異次元の刻印』という本でした。

 

異次元の刻印(上)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源

異次元の刻印(上)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源

 

 

異次元の刻印(下)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源

異次元の刻印(下)-人類史の裂け目あるいは宗教の起源

 

 

Amazonの本の紹介文はこうなっています

類人猿の眠りから我々の祖先が突如目覚めたのはなぜか?

ペジュメルル、ショーベ、ラスコーなどの洞窟に描かれた非現実的存在。すなわち宗教あるいは文明の誕生の痕跡である。500万年もの人類進化の過程で、約4万年前突然、人類は前例のない驚異的な進化へと足を踏み出す。
太古の洞窟壁画、中世ヨーロッパの妖精伝説、現代北米のUFO・エイリアン遭遇報告に共通した数々のイメージ。シャーマニズムと薬物摂取による変性意識(トランス)状態における不思議なビジョン、人類のDNAに刷り込まれた情報。深まる謎。 

 

この本はサイケデリクスに関心のある人のみならず、人類の起源やこの世界とは次元を異にする別の世界の住人といったものについて知りたいと思う人はぜひ読んでみてください。非常に面白いです。本当に面白いのですが、その内容を紹介するのが今回の趣旨ではありませんので割愛します。

 

この本を読んで、キノコやLSD、DMTといったサイケデリクスによって、そのような異次元の存在と遭遇し、彼らから叡智やヒーリングの能力を授かること(と同時にその時意識レベル600を超えること)が可能だと考えたわけですが、論理的な根拠はありません。ただ、実際にシャーマニズムにおいては一人前のシャーマンになるためにそのような儀礼を通過しなければならないので、それと同じことを独力でやってみようと思いました。

 

その本だったか、他の本だったか、あるいはどなたかのブログであったかは覚えていないのですが、メキシコに実在したシャーマンであるマリア・サビーナという人が40代に本格的にシャーマンとなるべくキノコの儀式に参加したときに食べたキノコの量が、たしか13本くらいと書いてありました。

 

このキノコの種類は分からないのですが、石垣島にあるミナミシビレタケとも呼ばれるシロシベクベンシスは、有効成分であるシロシン・シロシビンの含有量がかなり多いキノコです。それゆえ2000年ごろのマジックマッシュルームブームの際に主に流通していたのもこのキノコでしたが、当時他にはハワイアンコーポランディアというハワイのキノコや、メキシカン(シロシベ・メキシカーナ)といったものもありました。シロシベ・メキシカーナはシロシベ・クベンシスの近縁種であり、当時試した実感では、シロシベ・クベンシスとさほど変わらなかった記憶があります。

 

そこで、マリア・サビーナが使用したキノコをこのメキシカーナと仮定し、シロシベクベンシスと同等のものとするなら、少なくとも13本は食べなければシャーマンの仲間入りはできないと考えました。といってもキノコの大きさはまちまちなので、小さいものばかりであるならもっとたくさん摂取する必要があります。ちなみにシロシベクベンシスは通常のトリップ1回分であれば、かなり大きめのものなら2本でも多いくらい、普通のサイズなら3本もあれば充分です。

 

下の写真は2017年の時のものです(2016年の写真はiPhoneのバックアップに失敗して紛失しました)。2度目と3度目の訪島で、あわせて合計で5回ほどトリップしましたが、毎回おおむねこれくらいの量を食べています。食べ方などは書きませんが、まったく味気のないキノコなので食べるだけでかなりの苦行です。

 

f:id:mercifulblack:20180509221631j:image

 

まったくアバウトですが、マリア・サビーナが伝えたところの量は超えているはずだと思います。Wikipediaによればシロシビンの致死量は標準使用量の1000倍ということなので、なにをもって標準使用量としているのかは分かりませんが、少なくともこの写真の量程度で死ぬことはありません。

 

とはいえ実際に昔、自分が体験した量であってさえ、当時の自分にとってはかなり強烈なインパクトがありましたので、正直いうと怖かったです。しかし通過儀礼というものは恐怖と向き合うことでもありますから、怖くもない量を試したところでなんの意味もありませんでした。

 

通常ですとキノコの場合、およそ40分ほどでなんとなく視覚に変化があらわれはじめ、60分後くらいから本格的にトリップに入っていく感じなのですが、これだけの量になると30分もしないうちに立っていられなくなります。効いてきたなと思うといきなり足が床に沈みこむような感覚にとらわれ、目に映るものすべてが物質としての確かさを失っていきます。このとき冷静に考える余裕があれば、量子論唯識というものが理解されるでしょう。そうした考察も面白いのですが、それはまた別の機会にしたいと思います。

 

以下は1月10日に敢行した1回目のトリップでのことです。食べてから1時間ほどは、ベッドに横たわって眼を閉じたまま、目まぐるしく変化するサイケデリックなインナービジョンを見ていました。幾何学模様であったり、見たことはないのですが明らかに文字と分かる記号の羅列であったり、生き物ともロボットともつかないなにかが工場のようなところでうごめいていたり。

 

しかしそのあたりまでは、ただ一方的にそのようなビジョンが映し出されるのを見ているだけで、あまりにも鮮明であるとはいえ、それまでに経験したマジックマッシュルームLSDのトリップと基本的に違いはありませんでした。

 

しかし、その後様子が変わりました。急に視界(といっても目を閉じたままの状態です)が暗くなり、それまでの派手な極彩色のビジョンがすうっと消えていき、いつの間にか薄暗くなんの飾り気もない部屋のような場所に自分がいるという感覚がありました。刑事もののドラマに出てくる取調室とか、なにかの研究室のような趣ですが、それらよりはもっと清潔で居心地のよい空間です。

 

ふいに、私の意識内における左後方に人のような気配を感じました。うまく説明するのは難しいのですが、私が自分の意識の及ぶ領域と自覚している範囲の外側に、その存在は位置していました。そこから私を見ていました。

 

得体のしれない存在ですが、恐怖とか驚きというものは感じませんでした。その後、どのようにしてそうなったのか思い出せないのですが、気がつくとその存在は私の目の前にいました。それは、アニメに出てくるような二次元タッチの美少女でした。

 

先に紹介したグラハム・ハンコックの『異次元の刻印』にも書いてありますが、サイケデリクス摂取時(だけではないのですが)に遭遇するこのような異次元の存在は、その人の属する文化圏の伝統的な神や精霊であったり、その人の趣味的な世界観に沿ったキャラクターの姿をとって現れるようです。私の場合、こうした姿で現れたことはかなり意外ではありましたが、日ごろからアニメもよく観ていますし、あり得ないことではないなと、他人事のように思いました。その当日のTwitterの投稿はこんな様子でした。

 

twilog.org

 

そちらにも書いていますが、彼女は私に、いくつかのことを教えてくれました。ひとつは個人的な人間関係におけるヒントでした。これについてはプライバシーに関わるので触れられませんが、自分でも気づいてなかったことでハッとさせられたものです。

 

もうひとつは、もう普通の瞑想はやらなくていいから代わりにこれをやりなさい、と教えられたもので、それは鏡の前に座って、自分自身の瞳を凝視し続けるというトレーニンでした。瞳は魂の窓であり、自らの瞳をじっくりと見つめることによって、自分の本当の姿やこの時代に転生してきた目的などを思い出すことができるそうです。

 

また、このトレーニングを積めば、他者の瞳を覗きこむことで、その相手のことも同様に知ることができるようになるとも言われました。ちなみに言われた教えられたと書いていますが、実際には言語によってコミュニケートしているわけではありませんでした。テレパシーというのが近いと思われますが、うまくは説明できません。

 

さらにもうひとつレッスンのようなものがありました。それは『意識の外側に立つ』というもので、先にその存在が最初に現れた際に、私の意識の領域の外側にいるように感じたと書きましたが、その外側というものがあることに常に気づいているように、ということでした。しかし、それに気づくことでどういうことになるのかは、説明されませんでした。このころ、ラメッシ・バルセカールの『意識は語る』という本を読んでいたのですが、そこで「観照」という概念にであいました。おそらく彼女が言わんとしたのは、この「観照」と関係があるように思います。観照についてはまたあらためて書くつもりです。

 

さらに彼女は私に、極彩色の羽毛を身にまとったとても高貴な雰囲気のある、鳥人間のような存在のビジョンを見せました。彼女はなにも説明しませんでしたが、私にはなんとなくそれが自分と同じものであるという感じがしました。言うならば、高次の自己あるいはハイヤーセルフというところでしょうか。そしてそのように感じたとき、同時にこの少女もまた、私と同じものであるという直感がありました。おそらく、彼女の本当の姿がその鳥人間であり、ということは私の本当の姿もまた、それだということになるのでしょう。(なお、これについては3度目の石垣島でのキノコ体験時のビジョンによって改めて確認し、理解したことで、この時点ではまだここまではっきりと分かってはいませんでした)

 

最後に彼女は、膨大なデータベースを私の脳へとダウンロードしてあげていると告げました。それはあなたが現実の世界において、これから新たに学び知ることがらという見かけをとって理解されていくのだけど、実際にはこうしてあらかじめダウンロードしておかなくてはならないのよ、というような説明をされました。それから2年以上経ちますが、その間にあらたに学んだ知識や得た気づきのどれがあらかじめダウンロードされていたものなのかは、当の私にも分かりません。彼女から与えられた情報は、これですべてです。他にもあったかもしれませんが、覚えているのはこれだけです。

 

以上が2回目の石垣島で行ったイニシエーションにおいて体験したことです。この半年ほど前から四十肩がひどくてずっとつらかったのですが、この時それがちょうどピークでした。そして、石垣島から帰ってきてしばらくした2016年の2月には、二度目の謎の高熱に見舞われます。この時も38度くらいの熱が3週間ほど続きました。個人的にはこの時の石垣島での体験は四十肩の痛みをこらえながらであったこともあって、心身ともに相当ハードでしたから、その反動ではなかったかと思っています。

 

いずれにしても、熱が下がりはじめて仕事に復帰し日常に戻ってみると、自分の意識がさらに変化していました。いまではそういう感じはあまりしなくなったのですが、この頃のTwitterの投稿では、自分の頭で考えたことではなく『降りてきた』言葉をよく綴っています。そうとは断ってはいませんから、自分の考えのように書いてはいますが、いま読み返しても、そんなこと書いたっけ? というようなものが多々あります。