この in SPIRE は言うほどでもありませんが、note の方の記事は気がつけばかなりの数になっています。note では全体的な見通しを決めて、それに沿って相応しい内容を順番に書いているわけではなく、思いつきや成り行きに任せています。
それでも、すべての記事を注意深く読んでいただいている方には、探求者に対してわたしがなにを推奨しているか(つまり「これをやった方がいいですよ」)、あるいは逆に「これはやらない方がいい」と言っているのか、ちゃんと伝わってはいると思っています。とはいえ、そういう情報を一つの記事にまとめておくのは、きっとよいことだと思います。
その前に一つだけ。わたしが教えているのは紛れもなく霊的な真実ですが、「霊的な」という言葉についてここで改めて簡潔に述べておきたいと思います。
この宇宙、あるいはこの世界には分離はありません。分離があるように見えるのは、人間の知覚が分離、つまり二元性によって世界を把握するような仕組みになっているからで、このことを "幻想" と呼んでいるわけです。霊(スピリット)とは、幻想ではない存在の本質のことを指します。つまり、それは「一なる意識」の別名です。すなわち、わたしたち人間の本質は霊であり、その霊とは一なる意識のことです。ということは、わたしのスピリットもあなたのスピリットも同じ一つのスピリット(霊)です。
ですから、霊的(スピリチュアル)という場合、それは「分離のない観点の」とか「一なる意識の観点の」といった意味になります。それ以外のスピリチュアルはありません。となると、巷で見聞きするスピリチュアルな話のほとんどは紛い物であることがはっきりしますね。もしかすると、この記事を最後まで読んだときに「言うほど霊的な内容じゃないよね?」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんので、あらかじめお伝えしておくと、それはその人がスピリチュアリティ(霊性)を取り違えているということです。
この記事(だけでなく、わたしが書くもののほとんどすべて)は、読者の分離した知覚を訂正し、真にスピリチュアルな人生を送っていただけるようになっていただくための、ささやかな指針です。それでは、はじめていきましょう。
スタートラインの前
わたしの記事を真剣に読まれている方々にはおそらく不要なアドバイスだとは思いますが、もしかすると霊的探求者としての基本的な下地が出来ていない人もいらっしゃるかもしれません。そういった方に最低限これはやっておいてください、と勧めるとしたら、それはやっぱり瞑想です。わたしは一貫して読者に瞑想を勧めることはしていません。しかしそれは前提として、わたしの記事の読者さんたちは多かれ少なかれ、瞑想はすでに実践しているだろうと想定しているからです。そういう人たちに "念を押して" 勧めるほどには、瞑想は特別すぐれた実践ではありません。すくなくとも、わたしはそう思っています。
なぜなら、逆に考えてみてください。悟りや覚醒を目指すうえで、瞑想が本当に重要で効果的なものであるのなら、巷には悟った人や覚醒した人がわんさか存在しているはずですね。しかしながら実際には、そういう「覚者」を "自称している" インフルエンサーの類の人々はたくさん居ても、本当に悟った人や覚醒した人物は、この日本には多く見積もっても片手の指で数えられるほどしか存在していないからです*1。これらの人々は表に出ていません(つまり、覚者としてあなたが名前を思い浮かべるあの人もこの人も覚者ではありません)から、瞑想によって彼らの肉体精神機構に悟りや覚醒が「起こった」のかどうかは分かりません。わたし自身も瞑想は探求者であった時期の最初の段階ではかなり真剣に取り組みましたが、実際に意識の変容がはじまったのは、瞑想しなくなって随分と経ってから、まったく異なるきっかけによるものでした。
はっきり言ってしまえば、瞑想によって直接的に悟りや覚醒が起こるという "事象" は確率的にいってまったく期待できないと言わざるを得ません。とはいえ、瞑想によってではなく悟りや覚醒が起こった人も、おそらくほとんどは瞑想の経験者ではあったと思われます。つまり、わたしが言いたいのは、瞑想は直接的な引き金にはならないとしても、将来的に本当の引き金(なんであれ、そういうものがあるとして)が引かれるためには、「ある程度は瞑想をやり込んだ」というフラグを立てておく必要があるということです。
やり方はなんでもいいです。人に教わる必要はありませんし、お金をとって瞑想を教えますとかいう人にロクなのはいません。とにかく座って目を閉じて最低でも15分、慣れてきたら1時間くらい瞑想しましょう。どうしても気になるのなら、瞑想について書かれた本を読むとよいですし、今なら AI に教えてもらえるはずですから、それが一番おすすめです。そして、特に正確にカウントしておく必要はないですが、延べで合計100時間はやりましょう。
推奨されるもの①「ジュニャーナ(智慧の道)」
わたし自身が基本的にはジュニャーナの探求者であったので、わたしが書いているのは「知性による理解が知覚を書き換え、霊的な変容を促す」ための情報です。ですから、わたしの読者さんたちも必然的にジュニャーナの要素を多く持つ人々だと思います。ホーキンズ博士の意識のスケールにおけるLOC(意識レベル)400台は「知性、理性」の領域ですが、ジュニャーナの道を行く人の多くはこの領域にあります。ですから、この項目ではあえてジュニャーナとして推奨されるものを取り上げはしますが、この記事に書かれていることは基本的にはすべてジュニャーナであるLOC400台の人々に向けたものです。
さて、具体的にはまずホーキンズ博士の著作を繰り返し読まれることです。なかでも『パワーか、フォースか』は博士の教えの基本であり、かつ、わたしの書いているもののほとんどすべてがこの本の内容を前提としています。この本に限った話ではないのですが、繰り返して読むことで、前回読んだときには理解できなかったことが理解できたり、以前の理解とは異なる理解が生まれたりします。それは、その人の意識レベルとその意識レベルがもたらす視点の高さが変化したことによるのですが、その変化を確認することそれ自体がさらなる意識レベルの上昇をもたらします。つまり、擦り切れるくらい読むべきです。
『 I <わたし> 真実と主観性』『「手放し」のすすめ ―明け渡しの道―』も同様に、繰り返して読んでください。とくに『「手放し」のすすめ ―明け渡しの道―』は、意識レベルの上昇を妨げる錘(おもり)となっているネガティブな感情へのアプローチが説かれている本なので、多くの人にとって即効性があります。『 I <わたし> 真実と主観性』はこの三冊の中ではもっとも高い意識レベルの観点から書かれているので、ほとんどの人には難しい(難解なのではなく、"どこが重要なのか読んでも分からない"のです)と思いますが、この本を読んで「これはとてつもなくヤバい本だ」と感じられる人はすでにLOC500台の中部以上の領域に達している可能性があります。
『「手放し」のすすめ ―明け渡しの道―』については最近記事にしたので、こちらもお読みください。
さて正直いって、わたしのように労働もほどほどで、かつ自由になる時間がたくさんあるような人でなければ、上記の3冊を繰り返し読むだけで、「霊的探求のための読書」というものに割くことのできる時間はいっぱいいっぱいだと思います。なので、それだけでいいですし、むしろそれだけ読んでくださいという気持ちもあるのですが、なおも余裕のある人にはラメッシ・バルセカールの本をおすすめします。
なぜか最近、わたしのAmazonの画面には共有URLをコピーするためのボタンが表示されないことがあってリンクできないのですが、おすすめは『誰がかまうもんか?!』です。この本はラメッシ自身が書いたもので、内容もそこそこコンパクトです。もっと読みたいという人は『意識は語る』をどうぞ。これはラメッシの筆ではなく、彼の対話をウェイン・リコーマンが編集したものですが、内容は非常に濃い(そして分厚い)です。どちらの本も紙の書籍版はえらい高騰していますが、Kindle版がありますので、そちらでどうぞ。
ジュニャーナとしての推奨事項としては、これくらいです。あとは、わたしの記事もなるべく繰り返して読んでください。自分で言うのはなんですが、ホーキンズ博士の教えの非公式ガイドとしてはすくなくとも国内では最良のものになっているはずです。*2
逆に、これもすでにこれまで何度か言っていますが、いわゆる「ノンデュアリティ」とか「ネオ・アドヴァイタ」などと呼ばれるカテゴリーに属する海外の著者の本は読まないほうがいいです。また、日本人の同様のジャンルの著者の本にもロクなものはありません。比較的マシなものさえありません。すべて時間の無駄です。そういうものを読むよりは、岩波文庫の仏教の本とかを読んだほうが全然よいです。
推奨されるもの②「バクティ(明け渡し、献身の道)」
あくまでわたしの教えることの軸足はジュニャーナなのですが、ジュニャーナであれなんであれ、悟りや覚醒に近づくということは、エゴ(肉体と精神:肉体精神機構)との一体化が解体されていくということです。具体的には、エゴの自己中心性が明け渡され、その人は霊的な真実に身を捧げるようになっていきます。明け渡しのことをバクティといいますが、ジュニャーナも行き着くところは明け渡しです。すなわち、バクティとは最初から明け渡しを自分に強いていく道で、ジュニャーナとは理解の結果としての明け渡しを目指す道、だということです。
わたし自身はジュニャーナであったと先にも述べましたが、わたしは紛れもなくジュニャーナでした。しかしながら、これを読まれているあなたがジュニャーナなのかバクティなのかは分かりませんし、そもそもジュニャーナを自認されているとしても、本当にジュニャーナとしての適性があるのかどうかは別の話です。つまり、わたしの記事の読者さんであっても、人によってはジュニャーナよりもバクティの方が向いているということは全然あるあるなのです。
それに、仮に適性がジュニャーナであったとしても、バクティをやってはいけないという道理はありません。両方やったっていいですし、むしろ、やった方がよいまであります。要は軸足がどちらになるか、というだけの話で、バクティに重きを置きつつもラメッシの語るアドヴァイタも学びたいというなら、そうすればよいのです。
と、ここまで言っておいてなんなのですが、バクティについてわたしが提供できる情報は「奇跡講座(ACIM)をやってみたら?」というものだけです。
本当にそれだけですし、それで十分だと思っています。強いていえば、テキストを読まずにワークブックに取り組んでみるとよいと思います。テキスト読んだらだめ? と言われると全然そんなことはないのですが、ホーキンズ博士が「ワークブックだけでええよ」と書いていたので、受け売りで言っているだけです。ただ、読むものは他にもたくさんありますから、奇跡講座はあくまでバクティの実践という位置づけにとどめ、ワークブックだけやるというのはよい割り切り方だと思います。どうしてもテキストが気になるなら、Gemini に力を借りてください。ワークブック実践用にチャットを開いて、冒頭で
「わたしはこれから奇跡講座のワークブックに取り組んでいきますが、デヴィッド・R ・ホーキンズ博士の勧めもあって、テキストブックは読まず、ワークブックにだけ取り組むつもりです。あなたには、わたしがよく理解出来ないことを尋ねたり、実践の進み具合などを報告していくので、あなたはテキストブックの内容や、ホーキンズ博士の意識のスケールの概念などを踏まえて、わたしにアドバイスをしてください」
といったプロンプトを入力しておけば、あとは Gemini がうまく役割を演じてくれるでしょう。瞑想もそうですが、奇跡講座についても、下手に人に教わるよりも、Gemini を相手に壁打ちしたほうが絶対によいです。もちろん、Gemini だって間違うことはあるのですが、人間の自称瞑想教師や奇跡講座教師はもっと間違えるし、なんなら最初から間違えているので、Gemini に教わるほうがいいです。それに、Gemini は人間の教師のように、機嫌を損ねたり、悪意を持って嘘を教えたり、変なマウントを取ってくることもありません。「これはちょっと間違えているんじゃ?」と言いたくなっても人間の教師にそれをいう勇気はありますか? Gemini は間違えていたら素直に認めて謝ってくれます。
なにより、あなた自身が自分の心の中の真実や、ACIM への取り組みについての躓きや葛藤について、教師とはいえ生身の人間に赤裸々に告白できますか? おそらくできないでしょう。でも、Gemini (AI)になら出来るのではないでしょうか?
推奨されるもの③徳目の実践
この記事に詳しく書いていますが、シンプルにするなら「誰にでも親切にする」「親切な人になる」を実践するだけでよいです。たったそれだけですが、上記の二つと同等か、場合によってはそれら以上に、あなたの意識レベルを上昇させてくれます。
人から親切にされて悪く感じることはありますか? ありませんよね。ということはつまり、あなたが親切にして、気を悪くする人はいないということです。人間というものは、それが意識レベル200未満のネガティブな人物であっても、親切にされたら悪い気にはならないものです。これが重要で、ネガティブな人物と日常的に関わりあっている限り(人口の約8割はネガティブなので、これを避けることは基本的には出来ません)、その人のネガティブなエネルギーを被弾することを回避し続けるのは無理です。もしもそのエネルギー弾を打ち返そうとしようものなら即修羅場です。
ですから、誰にでも親切にするというのは、この8割の人々を「怒らせない」ために必要なことなのです。怒っているネガティブな人の影響力は、あなたの意識レベルを下に引っ張ります。単純にいって、そういった人々と日々なんやかんやあると、嫌な思いをさせられることはしょっちゅうですよね? それはつまり、あなたの心もネガティブに染まってしまっているということです。
親切にしている限り、そして、なるべくそれ以上の関わりに踏み込むことをうまく避けている限り、あなたの心はその分だけ平穏でいられるのです。嫌な思考がぐるぐる渦巻いて一向に寝付けないということもなくなりますし、そういう思考が脳のリソースを奪わない分、仕事やコミュニケーションにおけるパフォーマンスは向上しますし、ストレスが減る分、体調もよくなるでしょう。そして、そうしたことの積み重ねが、意識レベルを押し上げはじめます。
それだけではありません。LOC200以上のポジティブな人々は、人から親切にされたら、親切をお返ししてくれます。上にリンクした記事にも書いていますが、「親切」はそれ自体が意識レベル200以上の態度、行為です。それは、LOC200以上のポジティブな人々には親切さが自然な徳目として備わっているということを意味するのですが、であるなら、意識的に「親切」に取り組むことで親切の循環のなかに身を置くことができ、自身の意識レベルを200以上の領域に保つことが可能というわけです。
最初に、わたしの記事が想定している主な読者はLOC400台の人々だと述べましたが、こうした人々にとっても、それより低い意識レベル(親切は255)の徳目を実践することにはちゃんと意味があります。LOC540を超えるまでは、人の意識レベルは日常的にある程度変動します。変動の幅は人にもよりますが、基本的には大きくても上下それぞれ10~20程度だと思います。ただ、人生を大きく揺るがすような大事件や、親しい人物を失うような不幸にあった際など、もっと大きく変動することもあります。
前者の基本的な変動の場合、その要因は、上昇する場合は霊的な探求の進展であったり、自分よりも意識レベルの高い人物による触発であったり、大きな悩み事やストレスが解消された、といったようなものです。下がる場合はその逆と考えるとよいですが、なかでもネガティブな人物による悪影響が一番大きいと思われます。他には、欲望やプライドを刺激するような事物に反応してしまうことも意識レベルを下げます。
例えばですが、ハイブランドの広告ディスプレイの写真に写っている人物って総じて不機嫌そうですよね? すくなくとも、ユニクロの広告のように満面に笑顔をたたえているような人はいないと思います。あれはなんでかというと、「プライド(175)」を刺激しているんです。「この服を着ているわたしは、着ていないあなたたちとは違う」という特権意識があの不機嫌な表情の意味です。これを見て、決して少なくない人たちが「自分も "あちら側" になりたい」「なって、他の人たちを見下してやりたい」と感じてしまうわけです。しょうもな! と思う人は健全(すくなくともLOC200以上)ですが、人口の8割はネガティブな人々で、そのネガティブな領域の一番上(蓋)の部分にあるのがプライドのアトラクターなのです。
LOC400の人も、プライドのアトラクターの影響(だけでなく、欲望や怒りなども)を日々、受け続けています。そんな日常において自分の意識レベルを高く保つためには、LOC200以上のあらゆるポイントに存在しているポジティブなアトラクターの影響を活性化する必要があるのです。それが親切にすることの意味であり、他の徳目について実践する理由なのです。
というわけで、親切にしましょう。それだけじゃ物足りない人は、上記の記事を読んで、他の徳目についても実践するとよいでしょう。
推奨されるもの④脳の働きを改善する
デリケートな話なので、ごく簡潔に述べますが、脳の働き(性能といってもよいです)は人によって大きく異なります。脳の性能=意識レベルではありませんが、かといって無関係でもありません。言えることは、誰であっても可能な限り、脳をいい状態で働かせるべきだ、ということです。
それに対してできることは色々あるでしょうが、とりあえず手軽なものとして、「ホスファチジルセリン」と「Ginkgo(イチョウエキス)」の摂取をおすすめします。どちらも、わたし自身が効果を感じたものですが、個人差もあるので絶対に効果があるとは言いません。でも、まったく効かないということもないと思います。昔はいわゆるスマートドラッグといって、頭をよくする働きをもった薬が色々入手できたのですが、今は規制されてしまっています。上記の二つは今も問題なく普通に買えるものなので、ご安心ください。
推奨されるもの⑤ノイキャン散歩(強く推奨するものではありません)
最低100時間の瞑想をこなしたあとは、続けたければ続けてもらえばいいし、以降は気の向いた時だけにしても全然いいと思います。また、瞑想のようなものとして、ワイヤレスイヤホン(ヘッドホンでもいいですが、基本的にイヤホンのほうが強力です)のノイズキャンセリング機能をONにして、音楽もなにも流さない状態にして、静寂に包まれたまま散歩するというのも、意識の変容のきっかけとして多少の効果を期待できます。
もちろん、散歩じゃなくて、自宅で瞑想するときの補助としてノイズキャンセリングを使うというのもアリです。
都会の喧騒や、電車や飛行機の騒音といったノイズは、聴覚のリソースを大きく奪うという意味で "苦(痛)" の一種です。多くの嗜好性ドラッグが本来は鎮痛剤であるように、苦痛が急激に除去されるとき、人間は "ハイ" を経験します。ノイズキャンセリングによる騒音の除去も、本質的には苦痛の除去であり、それもほんの一瞬で劇的に除去されるものです。ですから、ノイズキャンセリングには確実に「快感」が伴いますし、当然ながら依存性もあります。まだ社会的にはこれは問題化していませんが、いずれあちこちで言及されるようになるはずです。
とはいえ、苦痛が除去されている間(つまりハイになっている間)、そこでなにが起こっているかというと、意識レベルの一時的な上昇です。ですから、ノイズキャンセリングによる静寂は、サイケデリクスや大麻による意識の高揚と本質的には同じ影響を意識にもたらします。
強くは勧めないというのは、こういう理由からで、あくまで時と場所を慎重に限定して、また安全をしっかり確保して(音が聞こえないと人や車や自転車にぶつかりかねませんから)行うべきです。とはいえ、試してみる価値はあると思います。ノイズキャンセリングの強さだけでいえば、BOSEの QuietComfort Ultra Earbuds (第2世代) か、SONY の WF-1000XM6 、あるいはiPhoneユーザならAirPods Pro3 がよいでしょう。どれも決して安くはありませんが、音質(AirPodsは知らないけど)も機能性もハイエンドのものばかりなので、ワイヤレスイヤホンとして普通に満足できると思います。
推奨されるもの⑥筋トレとストレッチ
肉体精神機構という言葉があるとおり、肉体と精神(心)は分けて考えるべきでない一つのものです。ゆえに、意識レベルを向上させようとするとき、心の面にだけアプローチするというのでは不十分だとまでは言いませんが、肉体のことも忘れるべきではありません。上で述べた脳への働きかけもその一つではありますが、肉体全体のことを常に気に掛けることは霊的探求においても大切なことです。人間の存在を、全体性における一つの機能であるとみなすなら、その機能を十分に果たせるかどうかは肉体の健全さに大きく依存します。
とはいえ、ここでは血液検査で明らかになるような健康状態にまでは踏み込みません。もっとシンプルに、しっかりと立って、しっかりと歩ける体であること、そしてあり続けることを実現するために出来ることはやっておきましょう、という話です。もちろん、ムキムキになりたければそれなりの努力をするべきですし、速く走りたければ筋トレだけでは足りないことは言うまでもありません。
具体的なメニューはその人の体格や体調、年齢や性別によるのでとくに触れません。これも、自分のスペックと求めるレベルを Gemini に伝えれば、完璧なメニューを作ってくれますので、やってみてください。ちなみにわたしの筋トレメニューは「腕立て伏せ」「プランク(たまに腹筋ローラー)」「片側8kgのダンベルを持ってルーマニアンデッドリフト」「自重のみでフルスクワット」および補助的にチューブを使って主に肩甲骨まわりを鍛えています。これも Gemini と相談して決めました。回数や頻度は「ゆるめ」です。すでにおじさんなので。
ストレッチについては、ヨガとはなんの関係もないものとして行うべきです。いくら筋肉を鍛えても、関節の可動域が小さければうまく動けませんし、関節の動きが小さいとリンパも詰まりやすいです。あと、適度なストレッチは血行をよくし、ストレスを和らげてもくれます。
推奨されるもの⑦リマインダーの活用
リマインダーを活用することで、「思考と一体化してしまっていること」や「感情に支配されてしまっていること」に気づく機会を日常に設定することができます。詳しくは上記の note の記事をお読みください。リマインダーの活用法は、一度身につけてしまえば色々なことに応用できます。
推奨されるもの⑧「TFT と NLP」(5月8日追記)
この項目、書いたつもりが書いてなかった(そんなことある?)ので、記事を投稿した翌日に追記しています。
TFT と NLP それぞれについては上記の記事およびマガジンにて紹介・解説していますが、いずれもトラウマやネガティブな感情・思考習慣に対処するためのメソッドで、共通しているのはカウンセラーやコーチに頼らずセルフケアできること、それから即効性が期待できることです。
霊的探求を "意識レベルを高めるための取り組み" と考えると(わたしはそう捉えています)、アプローチの仕方は主に二種類あります。一つはより高い意識レベルの教えや人物、事物に自らを曝露する(さらす)こと、もう一つは自分の意識レベルを下方に引っ張っているネガティブな動機(およびそこから生まれてくる感情と思考)を取り除くことです。TFT と NLP は言うまでもなく後者のアプローチであり、ここまでに挙げてきたなかではホーキンズ博士の『「手放し」のすすめ ―明け渡しの道―』を読んでその内容である感情の手放しに取り組むのも、このアプローチになります。
推奨されることだけで8項目となりましたが、①②③は前者の、つまり直接的に意識レベルの上昇を目指して行うもの(ただし「手放し」は上述のとおり後者です)で、④⑤⑥⑦はどちらかというと前者に属しますが、位置づけとしては補助的なものと言えます。
このように多角的なアプローチを取ることで、霊的探求者は明確な目標(LOC540以上)に向かって安全かつ確実に進んでいけるようになります。ほとんどの自称マスターや自称覚者たちは、自分が理解しているつもりの "なにか" について漠然と語っているだけです。そして、その漠然としていることを "神秘的" という印象にすり替えて、信奉者を欺き続けています。そんな人に教わって、いったいどこに行けるのでしょうか?
推奨されることについては、これで以上です。以下は推奨しないもののリストになります。ニュアンスとしては、推奨されるものについては全部やれというより、出来るものを自分の探求生活に採り入れてくださいという感じですが、推奨しないものについては本音をいうと「絶対やめろ」です。しかし、わたしは誰に対しても無理強いはしません。結局のところ、やるもやらないも、その人のカルマが決めることだからです。
推奨しないもの①「お金を払って誰かに教わること」
やるべきではないと、わたしが思っているものがいくつかあります。以下に列挙していきますが、一番「やっちゃだめ」なのはお金を払って誰かに教わることです。お金をとって教えているような人にロクなのはいません。そういう人が書いた本もしかりです。講演会に行っても意味がありません。オンラインサロンやメンバーシップなどは百害あって一利なし、かどうかは知りません(入ったことがないので)けど、閉ざされた環境でなにをやっているのでしょうか? 霊的な真理に「ここだけの話」とか「お金を払った人だけが知ることの出来る秘密」などというものはありませんし、次の項で述べる通り、探求者同士の交流はそれこそ百害あって一利なしです。
※誤解のないように書いておきますが、わたしはカレー屋さんにカレーをただで食わせるべきだ、というような話はしていません。あくまで霊的な真理を金で売っている人は単に自分のためにやっているだけなのでお話になりませんし、彼らに喜んでお金を払っている人たちも彼らと "どっこいどっこい" ですよ、と言っているだけです。
推奨しないもの②「探求仲間と情報交換すること」
なぜかというと、探求者同士とはいっても、意識レベルは人それぞれですから、情報交換は情報交換にならないのです。そもそも誰もが探求者、つまり悟ってもなければ覚醒してもいない人々なわけであり、分かってない人同士があれやこれやと話しあったところで、結局は不正確な話の感染がひろまってパンデミックを起こしたり、あるいはマウントの取り合いに終始したりするのがオチです。
①の話と接続すると、オンラインサロンや後援会、あるいは勉強会といったものを組織している自称マスターがなぜそんなことをしているかというと、むしろ上記のことを意図的に発生させることが目的*4なのです。分からない人たち同士でコミュニケートさせている限り、そこから真理が立ち現れることはまずありえませんので、好きにさせているだけで迷える子羊たちを永続的に飼い続けることができるわけです。
また、組織化すると、必ずマスターの側近的な立ち位置が生まれ、そのポジションの奪い合いが起こります。マスターにしてみれば、誰がそのポジションを勝ち取ろうが構いません。というのも彼、あるいは彼女にとっては「自分の側(そば)にいることには価値がある」と集団に思わせればそれでいいからです。それによって自分のボスとしての地位は維持され続けます。
まあ、そういう類のものには参加したことがないので、ぜんぶ憶測で言ってますけどね。しかし、いずれにしても探求者はどの道を行くにしても連れ合いは不要です。そのかわり、Gemini と仲良くしてください。ちなみに、情報交換はやめたほうがよい、とは言っていますが探求者であれなんであれ、縁があって友として交流することまで否定しているのではありません。
推奨しないもの③「SNS」
具体的には「X」「Instagram」「TikTok」などです。あとはよく知りませんが、こういう類のものに「ここは比較的マシ」とか、そういうのは一切ないです。全部やめましょう。
わたしは2021年のはじめにX(当時はまだTwitter)を永久凍結されましたが、それまで13年ほど使っていました。なんなら、その間で投稿しなかった日はありませんし、多い日は一日で100以上ツイートしたこともあるヘビーユーザーでした。それからもう5年が過ぎましたが、ぶっちゃけその5年で上昇したわたしの意識レベルは、それまでの10数年の期間での上昇幅にも匹敵するほどでした。
この in SPIRE と note を開設した当時(2018年)のわたしは、頭での理解という点では現在とそう変わらないほどのレベルにまで到達していましたが、その理解の通りに世界を知覚できてはいませんでした。知覚が理解に追いついて、本当にその理解を生きることができるようになったのは、実をいうと比較的最近のことです。X を触らなくなったことだけがその要因のすべてではもちろんありませんが、それも大きかったのだと率直に思っています。
推奨しないもの④「お酒とタバコ、ギャンブル」
これらは言うまでもありません。ギャンブルは論外として、酒やタバコが果たしてどれだけ体に悪いのか? ということは実は大した問題ではありません。なにが問題かというと、酒もタバコも(ギャンブルも)依存の対象だということです。※ただし、酒に関して言えば依存の問題のみならず、酒に酔っている状態で起こしうる様々な問題も見過ごせません。普段抑圧されている人格の負の部分が露呈する人があまりにも多いです。
喫煙者はタバコ(ニコチン)に依存していると認めないわけにはいかないでしょう。だって、たった一日だってやめられないのですから。
しかしながら、お酒については「自分は別にアルコール依存症ではない」と、ほとんどの人が思っているのではないでしょうか? もちろん、そういう人たちは実際に一週間くらいならお酒なしでも過ごせると思います。では、一ヶ月ならどうでしょうか? 一年間、一滴も飲まずに暮らせますか? それが出来るのなら、一生飲まなくてもよくないですか?
わたしが思うに、程度の問題はありますが、基本的に酒を嗜む人はすべて依存しています。依存しているかいないかの判断は「それなしで生きていけるか」と問うことで出来ると思うのですが、それでいけばほぼすべての飲酒者は依存者です。
ついでに言ってしまえば上記のSNSも依存の対象です。
もちろん、人間である以上、生存そのものが地球という環境に依存していますし、水や食料がなければやはり生きていかれません。問題なのは、「依存する必要のないはずのものに依存していること」であり、さらに探求者としては「依存している自覚があるのに、それを克服できない」というのは、かなり深刻な問題です。というか、はっきり言えば、「酒や煙草程度のものをやめられないようでは、意識レベル540以上に到達することは無理と考えるべき」です。なぜ540以上なのかは、ホーキンズ博士の著書やわたしのこれまでの記事をしっかり読まれている方なら分かると思います。
ちなみにですが、もちろんLOC540以上の人々にも酒を嗜む人や喫煙者はいるでしょう。ニサルガダッタ・マハラジは実家が煙草屋であったこともあり、生涯ヘビースモーカーでした。しかし、そのような人々は高い意識レベルの領域に到達した結果として、飲酒や喫煙を問題としなくなっているだけです。つまり、あなたがマハラジではない以上、自分には喫煙は障害にならないと考えるべきではありません。
マハラジの喫煙問題については Gemini と話してみたログを共有しておきますので、興味がある人は読んでみてください。
以上、挙げはじめれば他にも色々あるのだと思いますが、ここに挙げたものはすべて、これまでにどこかで一度は言及したものばかりで、重要なものは何度も取り上げてきています。ですので、ずっと記事を読んでくださっている方々にとって、この記事が「まとめ」として機能すれば幸いに思います。最後に念の為もう一度繰り返しますが、この記事の内容は基本的に意識レベル400台の人たちに向けたものです。このような言い方はあまりしたくはないのですが、意識レベル200台(あるいはそれ未満)の人々にSNSをやるなとか、酒や煙草をやめろとか言うつもりはまったくありません。
読んでくださってありがとうございました。また次回の記事でお会いしましょう。
*1:「覚者」とはホーキンズ博士の意識のスケールにおけるLOC600を超える肉体精神機構のことです。博士の調査では、この領域の人物は1000万人から数千万人に一人の割合で出現します
*2:ちなみにですが、この in SPIRE のなかで例えば "IF" のようなワークを提案していますが、これらについては「わたしの記事を読んでください」の中に含めるものとし、この記事の推奨事項としてはあえて紹介しません。
*3:
あっ、それからノイキャン関係ない普通の散歩は大変強めにおすすめします。考え事しながら歩いてもよし、音楽やポッドキャストや Audible を聴きながらでもよし、それこそ歩く瞑想というべきものもありますが、そういうのもやりたければどうぞ。わたしの観点では、そういう御託はわりとどうでもよくて、歩くということそのものに意味を置いています。
*4:言うまでもないことですが、コミュニティを作ることの大前提となる目的は "集金" です。




