in SPIRE 内なる声をきく

あなたの世界を再構築するための情報です

意識レベルを高める習慣

こんにちは、お久しぶりです。

しばらく更新が滞っていました。前回の記事はDMTを摂取した際に遭遇し、わたしと合一することになった龍神から送られてきたインスピレーションをそのまま文章にしたものでしたが、DMTを使用したセッションはその後も一か月間ほど、連日のように行っていました。

その際に一度だけ、龍神のメッセージがはっきりとした言葉としてわたしの意識に現れたことがありました。文字通り、「声がした」のです。その声はこのように言いました。

 

『地球の王はスメラミコトである。そしてこの銀河の王も、この宇宙の王もまたスメラミコトである。スメラミコトとは世界を統べる霊的中心であり、神である』

 

この半年ほどの間、わたしはこのメッセージの意味するところを正しく理解するべく、さまざまな文献をひもとき、情報を収集し、それらをもとに様々な推理推論を行ってきました。その過程においてある程度のことが分かってきました。以下、簡潔にまとめてみます。

 

  • スメラミコトとは天皇のことであるが、竹内文書によると超古代には日本の天皇が霊的な指導者(祭祀王)として世界を統治していた。
  • 「世界」の構成単位は「回転」であり、回転する場がひとつの世界を構成する→すなわち宇宙も全体として回転しているので宇宙という次元の世界であり、銀河もひとつの世界、太陽系もひとつの世界、惑星もひとつの世界であり、さらに人体(内部で物質が循環している)も世界といえる。
  • それぞれの世界は回転体であり、その回転の中心には軸となるものが必要である→物質的にはたとえば地球の軸は地軸である。ここで人間界という世界を考えるとき、物質的な現象面では回転しているようには見えないが、霊的には中心軸が存在する。それがスメラミコトである。
  • 最も大きな世界である宇宙の中心(スメラミコト)からは創造の絶対的なエネルギーが放射されており、このエネルギーはより小さな世界へと、スメラミコトを送電線のように経由して伝わっていく。つまり、地球のスメラミコトは宇宙の中心からくる聖なる創造エネルギーをこの地球全体にいきわたらせ、この地球世界を弥栄(いやさか)させる働きをつかさどっている。
  • すなわちスメラミコトとは本来は宇宙における普遍的な霊的中心軸の意味であり、それが地球上では日本の天皇の皇統に位置しているといえる。天皇家に伝わる祭祀の儀式は、宇宙の創造エネルギーを受け取って、調和のもとに地球上のあらゆる場所へ展開させるためのものである。
  • この地球におけるスメラミコトのはじまりは地球外から来訪した高度に進化した霊的存在の一団であり、それは龍神(龍族)という形態で地球上にあらわれた。この龍族の地球における最高責任者が国常立尊(くにとこたちのみこと)である。
  • 国常立尊の霊団には豊玉姫(龍宮の乙姫)や玉依姫豊玉姫の妹とされ、かぐや姫とも同一視される)などの神々(他の神は現在のところ不明)が属している。わたしにウォークインした龍神石垣島琉球=龍宮)に降りたと伝えているので、豊玉姫の可能性が高い。
  • 国常立尊がおろしたとされる日月神示には国常立尊自身が龍であることが明かされており、また、「この道(日月神示が教える道のこと)はスメラの道である」と書かれている。すなわち、最初に挙げたメッセージは、わたしを日月神示にたどり着かせ、その内容を理解し咀嚼して広く伝えよ、という豊玉姫を通じた国常立尊からの導きであったと(現時点では)判断した。※スメラの道とは、よって、霊的中心点に祀ろう道のことと言える。

 

以上です。これらはエビデンスのある事柄も含みますが、導かれる論理はあくまでわたし個人の考えるところであり、みなさんにこのことを事実のようにお伝えするつもりはありません。しかしながら今後、こうしたことに関連した記事を書くことがあるかもしれませんので、あらかじめ伏線となる情報として提示しておきたいと思います。

 

さて本題ですが、今回は意識レベルを高めてより苦労の少ない人生を送りたい、あるいはもっと世の中の役に立てる人間になりたいと願う人たちが日常的に励行するべきいくつかのワークやテクニックを紹介したいと思います。

このような目的で行うものというと、まず最初に思い浮かぶのは瞑想であると思います。もちろん、それはある意味で正しいです。しかしながら、瞑想と一口にいっても色々な種類がありますし、たとえばわたしが深い瞑想に入ったときの境地とほかの人のそれでは意識の状態に違いがあって当然なのですが、この違いを上手く説明する言葉がありません。ですから、わたしは瞑想については直接面と向かって指導できる場合にだけ教えることにしています。

これはなにもわたし個人の取る特定の立場というわけではありません。本来、瞑想というものはそのようなものですから、たとえば禅宗においてはただ座るだけでなにかを不用意に教えたりはしないのが本当の指導の在り方です。つまり、瞑想というものについてこのようなブログで言えることは、瞑想はした方がいいとか、瞑想をすることの意味はこうである、くらいのことに限られるべきなのです。方法論まで詳細に語ることがよくないとまでは言えませんが、それでは教える側も教えられる側も、手段が目的になってしまい、瞑想している自分に満足、で終わってしまいかねません。

そういうわけなので、ここでは瞑想以外になにかやっておくべきことは? という観点で、わたし自身がやってきて本当に効果のあるものを、誰でも誤解の余地なく理解し憶えて実践できる形でお伝えします。どれもとても簡単なものなので、ぜひ試していただき、これらすべてを習慣にしていただきたいと思います。

 

(1)起床したらすぐに「今日もまた新しく生まれ変わった」と思う

 
ほとんどの人の場合、朦朧とした意識で目覚め、徐々に覚醒しながらなんとなく一日がはじまっていくと思います。このテクニックのポイントは、このように思うことで、これからはじまる一日を意識的に生きられるようにすることです。意識レベルが高いということは無意識、潜在意識の領域が小さくなり、その分だけ顕在意識に上る情報量が増えることという風に言い換えることができます。起床時の目覚めは単に肉体が覚醒したということを示しているにすぎません。そこでさらに「意識的に意識を目覚めさせる」ことで、一日を気づきのなかで過ごすことができるようになります。

 

(2)とにかく深呼吸をよくすること

深呼吸には心身の興奮を鎮め、リラックスする強力な作用があります。深いリラックスはストレスを開放させるだけでなく、気づきやインスピレーションを呼び込んでくれます。ちょっと疲れたら深呼吸、イラッとしたら深呼吸、不安になったら深呼吸、という具合に、どんな時でもとにかく深呼吸をしましょう。ポイントは、意識的に呼吸するということです。効果的に行うには、息を吸いながら1から5まで数え、今度は吐きながらまた1から5まで数えるという具合に、一定のリズムに沿って行うとよいでしょう。

 

(3)TFTのテクニックでセルフケアを

こちらは深呼吸だけではどうにもならないような強い怒りや不安、罪悪感、あるいは特定の恐怖症などに襲われたときに用います。TFTが作用するメカニズムはまだはっきりと解明されていませんが、個人的に使ってきたところでは、思考や感情との一体化(これがまさに意識レベルを低下させるのですが)を解除してくれると実感しています。考え事が延々と続いてそれが頭から離れてくれないというとき、あるいは感情に囚われて他のことがなにも手につかないようなとき、必要なことはそのような思考と感情から一定の距離をとることですが、分かっていてもできないものです。

このようなこと、つまり思考や感情との一体化は、エネルギーの浪費というかたちであなたの心身にダメージを与えます。一つ一つのことはなにもしなくても数日間もあれば自然と忘れてしまうかもしれません。しかし、それでも数日間は実際に苦しむことになるのです。そして、そのようなことが毎日のようになにがしか起こるとするなら、それによってあなたのQOLは著しく低下していることでしょう。それが意識レベルにも反映されてしまうことは、容易に想像ができると思います。

深呼吸やTFTはこのようなダメージを大きく軽減し、回復させるという理由で、実は瞑想よりも効果的に意識レベルを向上させます。もちろん瞑想にもこのような効果はあるのですが、その場ですぐ対処できないのが難点であるうえに、瞑想そのものの熟達度によってその効果もまちまちです。その点、深呼吸とTFTはその場ですぐにできるだけでなく、やり方さえ覚えれば人によって効果が違うこともありません。そもそも深呼吸は誰でも知っているはずですけどね。ただ、ほとんどの人は知っていても滅多とやることはなかったはずです。

TFTのテクニックそのものは、以前このブログで紹介したTFTの本を読んでいただくか、あるいはTFT協会による講習会を受けていただく必要があります。わたしは初級セラピストの資格をもっていますが、この資格では人に教えることはできませんので、悪しからずお願いします。参考に、以前の記事をリンクしておきます。

 

merciful.hatenablog.com

 

(4)一日の終わりに「内省」


一日の終わりに、その日の朝目覚めて「新しく生まれ変わった」瞬間から寝る直前のこの時間までのことを逐一頭の中で振り返ってみましょう。


淡々と起こった出来事を再生するだけでなく、その時に考えたこと、抱いた感情や印象なども可能な限り思い出して、そのときと同じように味わってみましょう。

とくに反省会をやるようなつもりでなくてもよいのですが、そのようなつもりでなくとも、反省の念が生まれることがあるでしょう。その時は素直に反省してください。また、「やる(言う)べきことを、やら(言わ)なかった」とか「やる(言う)べきでないことを、や(言)った」という気づきがもしあれば、次回同じようなシチュエーションが訪れたときには行動を変えてみようと決意してください。でも、やるべきだったとか、やるべきでなかったとかいう判断そのものが本当に適切かどうかは、よく考える必要があります。

ポイントはどんなときでも、自己中心的でなく調和的であるかどうか? にあります。これは単に利他的であればよいということではありません。自分にも他者にも利すること、全体にとって利益であることが、本当の調和ということです。

以上の4つが習慣になれば、それだけで意識レベルは急速に上がっていくでしょう。本で勉強したり、瞑想することももちろん大切ですが、そうしたことに一生懸命にはなっていても、日常生活がストレスフルでかつなにも省みられないものであったなら、それは本末転倒というものです。